「それではご案内致しますにゃ~」
猫耳の少女……ネコミさんは「にゃんにゃん」言いながら、さながら旅行ガイドさんのごとく僕たちの前を歩き始めた。
僕は素直にそれに着いてゆこうと足を踏み出す。
何故か僕の服を掴みつつ、先輩もそれに続く。
「……ちょっと歩きにくいんですけど」
「きみ、知らない人に着いて行ってはいけないと習わなかったのかい?」
「そりゃあ習いましたけど」
「ウサギを追いかけた少女は不思議の国に迷い込んでしまったそうだよ。あの猫は追いかけても大丈夫なのかね」
「いやまぁ少なくとも、不思議の国には連れていかれないでしょう」
「にゃはははは、秋葉原はもう不思議の国と言っても不自然ではないですにゃん」
と、ネコミさんは僕たちの会話に自然と入ってきた。
彼女は両腕を背中にまわして後ろ向きに歩きつつ、ニンマリと猫のように微笑む。
「ご主人様とお嬢様は、秋葉原に来たのは初めてですかにゃ?」
「あぁ、うん。ちょっとした旅行で東京に来たんだよ」
「ほほ~う。それはそれは~素晴らしいですにゃあ」
ネコミさんは口元を押さえて僕と先輩の顔を交互に見てから再び前を向いて歩き始めた。
……何が素晴らしいんだろうか。
秋葉原が不思議の国かはさておき、彼女は十分不思議な存在に思えた。
しばらくは人通りの多い道を真っすぐ歩いていたが、不意にネコミさんは左側の路地に足を向けた。
なんだか突然人の気配が消えたなぁと思いつつ歩いていると、先輩が僕の服を引っ張った。
「きみはあぁいう、語尾に『にゃん』とか付ける女の子が可愛いと思うのかね?」
「うぅん……どうでしょう。まぁ、新鮮ではありますけど」
「私もあぁいうキャラ付けをしてみようか」
「先輩は今のままで可愛いですよ?」
バシン、と背中に平手打ちをされた。
思わず振り返ると、耳を赤くした先輩が俯いていた。
どうやら照れ隠しらしい。
面白い。
そんなやり取りをしているうちにも、僕たちは人気のない路地をずんずん進んでゆく。
しばらく歩くと、ネコミさんはまた進路を変え、今度は右方向に歩む。
そうすると、再び景色は入れ替わる。
その通路は、道の両端が小さな店で敷き詰められていた。
どれもこれも何だか分からない電子部品を取り扱っているようだった。
なんだか写真でこういう光景を見たことがあるな。
秋葉原は電気の街というだけあって、こういう僕たちにはよく分からない部品も色々取り扱っているらしい。
この雑多でさびれていて時代に取り残されたような感じ。
時間が止まったみたいな感覚。
結構好きかもしれない。
不思議な雰囲気を味わっていると、再び先輩が僕の服を引っ張った。
「おい、きみ。こんな場所に、本当にメイドカフェがあるのかい?」
「さぁ……近道とかかもしれないですよ?」
しかし、確かに距離があり過ぎるような気はした。
ネコミさんが現れた地点からもうかなり離れているだろう。
案内してくれるのは良いが、道に迷って帰れなくなっては困ってしまう。
「ねぇ、ネコミさん」
「にゃん?」
ネコミさんはこちらを振り返らずに答える。
「そんなかしこまらなくっても、ネコミたんで良いですにゃ」
「……ネコミさん」
聞かなかったことにした。
「僕たちけっこう歩いているけど、メイドカフェはまだ? というか、ここはどこなんだ?」
僕が問いただすと、ネコミさんは振り返る。
「なぁに言ってるんですにゃ~」
嘲るように両手を後ろで組み、
裂けるようにニンマリと微笑み、
妖艶にエプロンを振り乱し、
猫耳としっぽを小刻みに揺らし、
ネコミさんは僕たちを舐めるように見つめる。
「アキバに決まってるでしょう?」
その時初めて、ネコミさんの背後に大きな建物があることに気がついた。
まるで電気街には場違いの、洋風で古風な赤茶色を基調とした建造物。
「ようこそ、アキバのメイドカフェへ」
彼女はオッパイが大きかった。
まぁ、その他の付属品として、ふんわりとウェーブのかかった細くて長い髪。
そこから覗くのはピンと張りのある黒色の猫耳。
ドングリのようなクリクリとしたツリ目。
フリフリのメイドエプロンからは赤いリボンのついたしっぽが揺れる。
そんなところがあげられるが、とにかくオッパイが大きかった。
特筆すべき点はそこである。
彼女はオッパイが大きかったのだ。
「きみ、ちょっと彼女の胸元を見すぎではないかね?」
「そりゃあ先輩、普段見慣れていないものですかガフゥッ」
全部言い終える前に先輩のパンチが僕のみぞおちを貫いた。
地味に痛かったので僕は前のめりに体勢を崩す。
そんな僕の耳元に先輩は小さく話しかける。
「きみ、一体全体この不思議系少女は何者だい。というかどこから現れたんだい」
「さぁ……メイドカフェの呼び込みじゃないですか? ほら、コスプレ衣装の人たちがチラシを配っていたじゃないですか。あれの一種かと思いますが」
「あぁ、あれか。いかにもいやらしい感じのチラシだったから全然見ていなかったよ」
「いや、そんないやらしくはないと思いますが……。どうです? せっかくですし、メイドカフェ、行ってみますか?」
「し、しかし、きみ。これはひょっとして、ホイホイ着いて行ったらトイレでとんでもない目に合わされるとか、地下の施設に連れていかれて驚くべき低賃金で強制労働をさせられるとか、そういう展開に発展するパターンではないのかい?」
「漫画の読み過ぎです」
そんなやりとりを、猫耳の少女はニコニコと笑みを浮かべて眺めていた。
返事を待っているのだろうか。
彼女の無垢な笑みを見ると、トイレや地下に連れて行かれるとはとても思えないが……。
「どうします? 僕は行っても構いませんよ」
「きみはどうせオッパイが見たいだけだろうが」
「…………」
半分当たっていたので僕は黙る。
「うぅむ、メイドカフェか……きみが鼻の下を伸ばして他の女を舐めまわすように視姦する状態というのは私にはとても耐えられないのだが……」
酷い言われようだった。
「それに、酷くボッタクリな店もあると聞くじゃないか」
「そんな心配はしなくても大丈夫ですよ。手持ちには余裕ありますし、いくらなんでも数十万単位で請求されることは無いでしょう」
「そういうことでは無いのさ。見合っていない不当な価格で儲けを出そうとする考えが嫌なのだよ」
「まぁまぁ、多少はサービス料ってのもあるんでしょう。客のことをご主人様とかお嬢様なんて風に呼ぶお店はそう無いでしょう。ちょっと新鮮ですし、面白そうじゃないですか?」
「しかし私は実家だと普通にお嬢様と呼ばれるのだが」
そういえばそうだったな。
先輩は結構、いいところのお嬢様なのだ。
普段はそんな素振りを見せないし、先輩はあまりお金を持ち歩かないタイプなので忘れがちになる。
「先輩の実家に居るようなメイドさんとは全然違うと思いますよ。見てください、目の前のメイドを。先輩の実家に猫耳やしっぽを付けたメイドが居ますか? こんな不思議体験はこの秋葉原でしか味わえないですよ」
「ふむ、まぁ……確かにそうか。よし、ならば案内してもらうか」
言って、先輩は一歩下がった。
やりとりをしろ、ということらしい。
僕は猫耳の彼女に話しかける。
「えぇと、じゃあメイドカフェ、案内してもらっていい?」
そんな僕の言葉を聞いて、猫耳の少女はより一層、満面の笑みを浮かべる。
そしてメイドエプロンとその大きなオッパイを揺らし、左手を腰に当て、右手を顔に近付けてVサインという謎のキメポーズをとって楽しげに口を開く。
「はぁい! このネコマタメイドのネコミが喜んで二名様をご案内致しますにゃん!」
うわぁ、これが不思議ちゃんか。